MMD

ご存知の通り、MikuMikuDance(以下MMD)は現在の日本の3DCGシーンを語るには不可欠な存在である。
2008年にニコニコ動画にて告知されたこのソフトウエアは、キャラクターを踊らせて動画を作成する、というシンプルな機能に的をしぼり、ブームになりつつあったボーカロイド「初音ミク」を題材に据えたことで人気が爆発。
その後、ボーカロイド各キャラクターのほか、さまざまなモデル、そしてアニメーションがユーザから提供されていった。

モデリング、テクスチャ編集、キャラクターセットアップ、アニメーション作成という3DCGの複雑な工程をスキップして、初心者でも3D映像を作ることができる。
このような、作業の簡略化によって3Dの間口を広めようという試みは、1989年から開発が始まったDOGA-CGAシステムなどによって、継続的に行われていた。
それにも関わらずMMDは、それらのプロジェクトを大きく超えた発展をすることになる。
コンテンツにキャッチーなキャラクターとして初音ミクを使ったことのみならず、動画投稿サイトの存在が、このムーブメントを後押しした。
最も特筆すべき点は、このツールを生み育てたネット環境が、3Dアニメーションが抱える複雑な工程の解決手段を、「協調作業」から「無意識による分業」へと大きく変えてしまったことだ。
動画作品を構成するキャラクター、近いボーン構造であれば流用できるアニメーションデータ、小道具やシェーダーの各種。
そのいずれも、ネットにアップされた有志のデータを利用して、自分の作品を組み上げることができる。
90年代後半に盛り上がったものの00年代初頭にはしぼんでしまったアマチュア3DCGブームは、ここに完全なる復権をとげ、なお発展を続けている。

この状況の実現に必要な要素技術は、15年ほど前から、段階的に揃えられてきたものである。
モデルデータをやり取りするためのネット環境、CGツールを個人で開発するための技術と環境、アニメ風のキャラを3DCGで表現する技術は、2001年ごろからクリエイターたちの積み上げによって確立している。
技術革新は、環境と人の両輪が揃って初めて成立する事例と言えるのではないだろうか。
また、初音ミクそのものも、90年代後半に乱立したバーチャルアイドルがことごとく失敗したのち、ヤマハの音声合成技術と擬人化萌えキャラの融合という全く違う形で出現したものである。
これが世界的に成功した初めてのバーチャルアイドルという点で、特筆すべきことが多々あるが、ここでは割愛する。
とにかく述べておきたいのは、MMDの前史として、90年代からのアマチュア3DCGブームの系譜が存在しているということだ。
この第一次アマチュア3DCGブームの申し子である自分は、この点に関してMMDに好意的な印象を抱いている。

しかし、実際に自分がMMDを使った活動をしようということになると、いささか戸惑うところが少なくない。
我々が開発している『ユウカのカメラ』はAutodeskの提唱するFBX規格を、独自の形式データに変換してアプリに読み込むようパイプラインが設計されている。
実のところ、キャラクターデータをMMDからインポートしたいという要望がたびたび上がるが、直接インポートする予定は立っていない。
処理速度の問題はもちろんのことだが、スタッフ間の議論にてMMDを利用するリスクが高いと評価されたことが、この決定に深く関係している。

MMDは樋口優によって開発され、2008年に公開されたが、2011年に開発終了が宣言されている。
その後、年に2、3回程度の更新がなされてはいるが、今後継続されるかは樋口氏次第であることは否めない。
一方で、MMDの標準規格となるPMDは仕様が公開されず、解析によってようやくその内容が把握された経緯がある。
その後継規格として制定されたPMXも、ドキュメントこそ付随するものの、ソースは公開されていない。
これをガラパゴス規格と呼ぶことに、異を唱える方はいないであろう。
これだけのユーザーを抱え、周辺に衛星としてのツールが多数生まれたCGソフトウエアにおいては、本来オープンな規格を策定する動きが出てもおかしくない。
おそらく、欧米の開発者およびコミュニティで、このようなソフトウエアが開発された場合、何らかの動きが起きたであろう。
ところが、MMDはオープンな方向には行かず、逆に閉鎖的な側面を見せているのではないか。

MMDforUnityが炎上した件は、その確信を強調する結果となった。
MMDforUnityは、UnityのアセットとしてMMDの読み込みを行えるようにしたもので、MMD4Mecanimと並んで、MMDデータの利用をゲームエンジンUnityに広げる試みである。
問題とされたのはMMDforUnityがzip圧縮ファイルを直接読み込める機能の実装に踏み切ったことである。
現在MMD向けモデルデータの利用については、PMD/PMXファイルに同封されたReadmeに書かれた内容が個別に適応されるというローカルルールが成立している。
解凍せずにMMDデータを読み込めてしまうと、Readmeを読まないユーザーが現れ、トラブルの原因となることが懸念されたのである。
コミュニティの懸念に対する開発者サイドの受け答えが火に油を注ぎ、MMDforUnity開発陣はモデラーをただのアセット提供者としか見なしておらず、搾取するつもりであるという非難が上がった。

実は、MMDのライセンス形態の複雑化が、この問題を難しくしている。
まず、初音ミクにはピアプロのライセンスが適用されるという大前提が存在する。
一方、ユーザーモデルについての利用条件を細かく設定したいというモデラー側の意図があり、CreativeCommonsを採用するもの、Readmeに細かく書き連ねるもの、サイトに載せるものなど、統一の兆しがない勝手ライセンスが跋扈している。
これに加えて、改造モデルの配布などが絡むと、ライセンス確認ひとつが相当の手間となってしまう。
であるならば、MMDforUnity開発者を含むユーザーコミュニティは、もっと積極的にライセンス整備に踏み切ってもよかったのではないか。
無意識による分業を円滑にするための仕組み作りは、プログラマ界隈において多数の先行事例が存在している。
CreativeCommonsベースでもいいし、それでも不足であるならば、独自のMMDLでも整備すればよい。

このような状況を鑑みて、MMDの活用を控える開発者は、一定数いるのではないかと予想される。
無意識の協調を可能とした日本的なコミュニティの特徴が、ここではマイナス要素として働いてしまっているのだ。
ニコニ立体がPMX対応をするにあたって、作者との相談、コミュニティでのアンケート調査、さらに公開質問への回答という、オープンデータではあり得ない手続きが必要になったことは、記憶に新しい。
この手続きをPMX対応を行う場合に必要な前例であるとすれば、多くの企業・開発者からのコミットを失うことも同義となるだろう。
いくら「無意識の協調」が確立されたとは言っても、それが機能する仕組みの改善が、コミュニティの延命には必要となる。

また、ユーザーによるMMDへの無償のコミットによって、最も利益を上げているのは、一見、無償でインフラ・コミュニティを提供しているように見えるドワンゴやクリプトンであることは間違いないのであって、ツールを提供する人物をけん制する以前に、そのようなインフラを利することは構わないのかという問いも生まれるであろう。
デザイナーとプログラマーの文化衝突、すれ違いは、あらゆるコンテンツ開発現場に散見される。
今後、MMDはコミュニティを維持し続けられるのか、日本発のコンテンツ制作システムの真価が問われることになりそうだ。